「学生映画か、興味ねーな」
と思ってしまうかもしれないが、ちょっとだけ聴いて欲しい。
学生映画ほどの青春映画はないのだ。
あなたは学生映画と聞いてどんな作品を思い浮かべるだろうか。
ぴあフィルムフェスティバルなどの映画祭に入選してるような映画を思い浮かべるかもしれない。あるいは『桐島、部活やめるってよ』で高校生たちが撮影していたゾンビ映画を思い浮かべるだろうか。
残念ながら、あれらはほんの上位1%くらいの上澄みで、100本中に1本出るか出ないかくらいの傑作である。
「え?桐島のゾンビ映画も?」と思うかもしれないが、恋愛映画などの人間ドラマが撮られがちな自主映画界において、ゾンビ映画は血糊とかメイクとかで手間がかかるので、実際作るとなると結構大変なのだ。それにゾンビも1体だけじゃショボいので何体も出さねばならず、低予算映画の王道的なこのジャンルでも手を出す学生はほとんどいない。作ってもとてもチープなものにしかならない。
それよりも今泉力哉的な恋愛映画を撮る方がよっぽど省エネでそれっぽいものが作れてしまうのだ。
それでは学生映画とはどんな作品なのかと言うと、初めて見た人にとっては衝撃的なクオリティの低さかもしれない。棒演技、拙い編集、退屈な物語、何より聞こえないセリフ。正直なところ、初めて見る人にとっては見るに耐えないものかもしれない。
でも学生映画には商業映画にも対抗しうる大きな特徴がある。それは学生自身が作っているという点である。大人が作る青春映画(そして実は観客のほとんども大人)とは大違いで、そこには若者のまっすぐな悩みや願いがある。
そして大抵は作り手の生活圏内が舞台となり、その時の友人らが出演し、その時の流行りや好きなものが詰まっている。そこには今この瞬間の青春そのものが真空パックされているのだ。実は学生映画とは、フィクションの体をしたドキュメンタリーなのである。一見見辛いこれらの映画は、実はこれ以上ない青春映画なのである。
という訳で今回は学生映画を紹介していく。いつもラジオに出てくれているタイラーとジンジャーが手伝っている専修大学映画研究同好会での学祭上映会に呼んでいただいた。当日は天候も良く、映研の部員たちは中庭の模擬店でポテトも売っていた。



『淼淼たる』(びょうびょうたる)

脚本・監督|小峰麻緒
2024年・12分・ホラー
ギャンブル好きが高じて常に金欠の大学生・涼太。そんな彼に親友の大翔が「金になるバイト」を持ちかける。大学にある『淼理会』と呼ばれるサークルへ体験入部すればいいらしい。恋人・ひなたの不安をよそに、涼太はカルトと噂されるそのサークルに参加。やがて彼にある“変化”が現れはじめ…想像を絶する悪夢が幕を開ける。
12分の短編である本作は、いわゆる『世にも奇妙な物語』的な不条理ホラー。金欠の大学生が「あるサークルに体験入部するとお金がもらえる」という噂を聞いて、友人と怪しいサークルに参加する。部室には汚ったない壺だけがあり、やたらガタイのいい男がその壺の水を吐くまで飲ませてくる。苦行が終わると、約束通りお小遣いはもらえるが、友人は連絡が取れなくなり──。
今回見た中で、素直に一番面白かったのが本作であった。「淼淼」という言葉の意味は、水面が果てしなく広い様を指すという。このタイトルのセンスなども含めて、全体的にこれがやりたいというコンセプトが見えるし、アイディアがとっ散らかってしまいがちな学生映画において比較的全ての要素が上手くまとまっていると思う。
とにかく、映画を構成するあらゆる要素が学生映画特有の見辛さを緩和するアイディアに満ちているのだ。
もちろん演技は上手いとは言えないが、学生映画特有の友人に無理やりセリフを読ませてる感は薄く、これは自然なセリフを用意した脚本力も大きいかもしれない。脚本といえば、なんならパチ屋から始まる冒頭すら、学生映画としてはあまり見ない場面なので引き込まれるくらいだ。
録音も決して聞きやすくはないが、今回の上映プログラムの中では比較的聴き取りやすい。
ホラー的な物語も心底ゾッとする瞬間がある訳でもないが、こういう『世にも奇妙な物語』的な題材は、低予算でエンタメ的に面白いものを作る上で実は一番手軽なのだ。しかもこの手のショートホラーはネットでなどでも一番人に見てもらいやすい。昨今は自主で作られたショートホラーもYouTube shortsやTikTok、Instagramのリールなどでプチブームを巻き起こしており、実は今一番需要がある独立映画とはネットなどで気軽に見られるショートホラーなのだ。
また映像のセンスも良い。映画を作り始めた時にやりがちな登場人物それぞれの切り返しでの会話シーンなどの細かいカット割りはせず、引きで2人の会話を収める。カメラも無闇に動かしたりせず、ここぞというところで躍動的に動くのが面白い。
それ以外にもインサートで入る地面に打ちつける雨、透き通る空などの映像も綺麗だし、場面的にも効果的だった。こういうインサートショットは脚本から抜け落ちてしまいがちで撮り忘れたりするので、余裕がない事が多い学生映画において、これだけでも映画に大きな豊かさをもたらしていると感じた。
その他、大学の隣にある緑地公園で撮られた引きでの沼のショットなどは、とても川崎の住宅地で撮っているとは思えない郊外感もあり、こういった画のセンスも良かったと思う。
以上長々と書いたが、強いていうならカット割とかがもうちょっと進化すれば、オリジナルビデオとかであっても遜色ないレベルのものになると思う。個人的にはアパートの部屋のフローリングが結構いい色でいいなと思った。てか俺1Rなのに、劇中の部屋は1Kでウチより全然いい部屋じゃん。
『NEGATIVE CREEP -チー牛事変-』

監督|勝尾拓海・内野耕太郎
2024年・14分22秒・コメディ
大学で友達ができないチー牛・高橋。
ある日、同じく友達がいないという学生・田中に声をかけられる。
気の良さそうな田中と言葉を交わす内に、高橋はバラ色の大学生活を期待する。
「チー牛とは何か」を見つめ直す映画。
主演自ら作詞作曲した主題歌にも注目!
大学に友達がいない陰気な男の主人公は、ある日とても性格の良いイケメンの友達ができる。楽しくて仕方のない主人公だったが、話しているとどうやらイケメンは嘘ばかりついて調子のいいことを言っているようだと分かってくる。最初は我慢するも、だんだん耐えられなくなってきた主人公は、あることを決行してしまう──。
念の為、知らない人向けにまずはチー牛の説明をしたい。以下『実用日本語表現辞典』からの引用である。
「チー牛とは、インターネットスラングの一つで、主に陰気で地味な特徴を持つ人物を揶揄する際に使用される言葉である。(中略)メガネをかけて黒髪で精神年齢が低く覇気がない表情をしすき家で3色チーズ牛丼・特盛温玉付きを注文していそうな陰キャのオタクのことを意味する表現」
陰キャというのは「陰気なキャラクター」という意味である。まぁ何とも散々な差別的表現である。
さて本作であるが、もちろん予算ゼロ円の超チープな学生映画だという大前提の上での意見だが、素直に面白かった。学生映画や超低予算独立映画の評価基準の第一歩として、「見て素直に面白かった」と思えるかどうかがあると思うが、本作は誰が見ても「くだらねー」と思いつつ、面白かったという感想に至るのではないかと思う。作品の雰囲気から感じる軽い印象よりも、意外と健闘した作品だったと思う。
具体的には、まず素直に笑える面白い場面がいくつかある。そして独立映画にありがちな「セリフが聞き取りづらい箇所」や「テンポの悪さ」などの「良くない箇所」が少ない。更にはこちらの予想を裏切ってくる意外性もあってと、結構良くできていると感じた。
まず「チー牛」という蔑称も含めて、垢抜けない青年への悪意ある偏見に満ちた、それでいて孤独な魂の切実な想いも混じるキャラクター造形が素直に面白かった。デフォルメしつつも結構解像度が高く、目の動きや会話の距離感が絶妙にキモい。それに対し陽キャ集団から主人公に対しての「髪型うんこじゃね?」という、あまりに容赦ない言葉も爆笑してしまった。
ただ特に良かったのは、友人のスマホを覗き見したりする、こちらの想像を超えてくる主人公のキモ言動。話は飛躍するが、こういう子は学生時代に何度となく出会いながらも、最後は決別してしまった。結局他人は他人を変えることはできない。「人は自分で変わっていく。他者としっかり向き合っていく」というラストは、直前のコメディ的展開から予想もしない素晴らしい着地であった。絶妙なタイミングと意外性、それでいて爽やかなエンディングはとてもセンスが良かったと思う。
そして特に良かったのは全体的なテンポ感。学生映画や独立映画はとにかくテンポが悪い。これはシーン単位でも映画全体に関してでも言えることである。しかもそれはある程度作り手のセンスや感性に委ねられてしまうところも大きい。
しかし本作は監督が音楽をやっているからかもしれないが、全体を通して先に述べたようなテンポの悪さがない。これは地味に全体のクオリティにかなり寄与していると思う。
そして環境音を足して教室感を出したりなど、さりげない編集の配慮もよかった。また私の知人も多数出演しているが、彼らもただ出ているだけじゃなく配役も絶妙だったため、皆がこれまで以上に良く感じた。役者を良く見せるのも監督の仕事だと思う。
とまぁ長々と書いたが、強いて言うなら火サスの曲が流れる演出はやりすぎで余計に感じた。でも火サスの曲ってカッコよくてテンション上がるのは分かる。上から目線で失礼しました。チー牛より。
『トモダチセレクト』

脚本・製作総指揮|臼井泰平
監督|小柳大翔
2024年・23分・ホラー
人間関係に不満を持つ女子大生・ユミリは、「人間関係を整理できる」と謳うアプリがインストールされているのに気づく。はじめは興味本位でアプリを使うユミリだったが、やがて彼女の日常は徐々に狂い始める…。
本作も『世にも奇妙な物語』系の短編ホラー。右も左も鼻につくマウント女性大生だらけで、そんな不満をぶつけようと彼氏の家に行くも玄関先でどうも歯切れが悪く、「どしたの〜」と女の声も聞こえてくる。そんな中で「トモダチセレクト」なる自分の知人がリスト化された謎のアプリを見つけるが、そういう状況なのでムカついてボロクソ書いてしまう。
するとなぜかその人間は友達からも就職先からも「低評価人間」と見なされ、人生に行き詰まってしまう。楽しくて仕方のない主人公はデスノートの如く、ムカつく人間を片っ端から粛清するが──。
本編開始1秒で、蒼い地球の軌道上に文字が並んでいく。
「WRITTEN BY TYLER USUI」
これまで4,000作品ほど映画を見てきたが、脚本家の名前がここまで壮大に出てくる映画を私は知らない。そもそも「うすい・たいら」という名前は同じような言葉が連続するシャレの効いた名前だ。
内容に関してだが、これは朝井リョウ原作の『何者』を思い出した。そして宇多丸さんの名解説を思い出す。
「特に大学入りたての頃の会う人、会う人、実は互いに暗黙の品定め、マウンティングをしていたなと。
で、それに対して僕、すごい恥ずかしい告白をすれば、劇中で佐藤健演じる拓人くんがやる、ある最悪の行為があるんですけど。
それに近いことを──SNSは当時なかったですけど──やっていた。
辛辣な人物批評みたいなのを手帳にずっと書いたりしていたっていうね」
「社会に対して自分が何か遅れをとっていないか?」その不安が若者を突き動かす。人それぞれの方法で不安を紛らわせて、他者へのマウントで安心したりする。でも、そんなのは若者の不安を利用してるだけのオトナの商法に取り込まれているだけだと思う。そんなに不安にならなくても大丈夫。大体なんとかなるから。いろんなことを経験するのはもちろんいいことだが、そこまで焦らず、自分の人生のことを、何をしていきたいかを素直に考えてほしいと思う。
内容に戻ろう。タイトルが出てくる瞬間は良かった。しかし本作に関しての最大のポイントは、音が聴き取り辛いという点である。そもそもキャスト陣が皆そこまで演技が上手くない上に、録音自体も音質が悪いので、セリフを聴き取るだけでかなりのストレスが生じてしまう。
また物語に関しても大きな問題があり、この人間関係剪定アプリは誰が何のために作り出し、そもそもどのような仕組みで稼働しているのかが全く描かれない。物語の核となる存在があまりにファンタジーなために、そもそも物語にドライヴしきれない感があった。この2000年台の山田悠介的な設定を活かすには、もう少しディテールや世界観を作り込んで、作劇ではより緊迫感を煽るような展開にしたらまた違ったかもしれない。
と色々書いたが、本作が他の作品と大きく違うのは「面白いものを見せよう」という気概である。ともすれば撮影場所は学内などで終始しがちな学生映画だが、本作はとにかく画になるロケーションを求めて、いろんな所に出かけて撮影している。ちょっとしたシーンなのに無駄に見栄えのいい施設で撮影しているのだ。話の規模は他作品とそこまで変わらないが、なぜか全体的なスケール感が違うように感じるのは、このおかげなのかもしれない。
そして例のアプリもわざわざ作っている。このアプリはある意味本作の主役なので、自作するのは設定のディテール上とても重要なことであったと思う。ただ残念なことに光が反射して画面が見えずらいところも多々あったが、それもご愛嬌だ。
また主演の女性も可愛らしく、これも地味に重要だ。ただでさえ見づらい学生映画や独立映画において、画面を成り立たせるために魅力的な女性に出演してもらうことは、画面構成上とても重要なことである。
以上のことは、ここに改めて書くと当たり前のことのように思えるが、学生映画や独立映画では省略しがちな部分である。ただでさえ映画制作は大変で、一日中動き回って本編10分ほどの素材が撮れるかどうかなのだ。気がつくと準備はドンドン省エネで済ませてしまう。
しかし製作総指揮・臼井泰平氏は一つ一つを省略せずに、面白い画を撮ることを追い求めた。この作品には他作品以上に「映画らしさ」がある理由は、そういう事だと思う。思えば冒頭の謎クレジットも、そのサービス精神の現れなんだろう。だって黒字にテロップで出せばいいだけだもの。
余談だが、この映画史上最もアホそうなキャラクター「TikTokerワタル」が意外と世間の評価が高いところに笑ってしまった。
『犬犬しいやつ』

脚本・監督|吉田統也
2024年・10分・コメディ
みなさんこんにちは。犬です。
どうか私といっしょに遊んでください。
よろしくお願いします。
犬犬しくて、すみません。
主人公の大学生が自宅アパートでくつろいでいると、唐突にインターホンが鳴る。出るとそこには犬の格好をした男がいた。警戒しながら話を聞くと、どうやらこのアパートは建て替わる前に一軒家があったそうで、男はそこで飼われた犬の地縛霊だという。
そう聞くとますます怪しいのだが、成仏するには今日一日遊んでほしいという。主人公は謙虚な男の話し方に気を許して遊んであげるのだが──。
本作は「飛び道具系」の学生映画であった。犬の格好をしたイヌオトコ。その一点の爆発だけで乗り切ってしまう、飛び道具的な力技。学生映画にはこういう戦い方もある。
このプロットだったら何となく、実は犬の格好をした不審者だったというオチを思いつくが、そうではなく心温かい展開になっていくのが意外性があり面白かった。おそらく作り手は根がいい人なのだろう。
撮影はアパートの一室で完結し、物語は飛び道具的なネタで乗り切ってしまう。これはとても手軽なフォーマットだから、「自分も何か作品を作りたい」と思っている新一年生とかは、まずはこれで一作作っちゃえばいいと思う。頭の中にある作品は結局死ぬまで映像化されることはないので、とりあえず一作作ってみよう。そういう意味でとても参考になる一作だと思う。
『リフレクション』

脚本・監督|山口泰平
2024年・12分・ドラマ
純はピアニストの夢を諦め、サークルの雰囲気にも馴染めず、大学で無為な日々を過ごしていた。そんなある日、河川敷でかつての同級生・友樹と再会する。いまだ夢を追いかける友樹を見て、純は忘れかけていた想いを取り戻す。
まず主人公が童顔すぎる。16歳ぐらいの男の子に見える。あんな童顔の菊地姫奈ですら最近は大人っぽいのに!
またこれは臼井総裁の差金かもしれないが、エンドロールで「撮影協力 夢庵」と出てくる。ホントだろーな!?
そしてエンドロールではその後途切れ、満を持して監督の名前が登場するのかと思いきや、「ポスター制作 〇〇」と出てきた。何だよ!せめてメインビジュアルとかにしてあげなよ!
冗談はほどほどに、内容について述べたい。舞台は川崎から東京都側まで広がる広大な多摩川河川敷。シネスコで撮られた黄昏時の景色が郷愁を誘う。そこで出会う様々な人との会話を通して、主人公は諦めかけていた夢への情熱を取り戻す──のだが、多摩川沿いのこの道路は夕方めっちゃ混むのでエンジン音で何も聞こえない!
本作も最大の問題は録音である。ラストシーン、とても重要なセリフを口にしているようなのだが、それも車の通過音で何も聞こえない。山下敦弘監督の大傑作『松ヶ根乱射事件』のラスト、どうしようもないプー太郎の主人公が意を決してチンピラ宅に乗り込む直前、交番勤務する兄に交番の外から激情を伝えるも、兄は締め切った交番内にいて何も伝わらないという残酷すぎるギャグシーンを彷彿とさせた。
今回批評した5作の中で、本作が最も録音に難がある。会話劇なのにセリフがほとんど聞き取れない。しかし本作が最も心に迫った。それは大学一年生の切実な心境がそこにあったからである。
「夢を追いかける」系の物語というのは、実は学生映画ではよくあるテーマである。それは彼らにとって最も切実な問題だからだろう。本作の主人公はかつてピアニストになる夢を抱いていたが、今は普通の大学一年生。周りに置いていかれないようにとりあえず飲み系サークルに入るも、どうも自分には合わない。周りの夢を追いかける知人を見て焦ったりする。それは紛れもない自分自身の姿なのだろう。そして車の爆音で何を言ったか分からないが再び夢を追いかける決心をしたであろう主人公の姿は、もはや言葉なんか必要なく、それが真実であるからこそ美しい。あの夕焼けは今も私の瞼に焼き付いている。それなりに上手く作り上げる技術も大事だが、俺はここにこそ学生映画や独立映画の最大の魅力を感じる。
総評
「映画祭に入選してるような映画」とか「『桐島、部活やめるってよ』で高校生たちが撮影していたゾンビ映画」は学生映画の上位1%の上澄みのみだと冒頭に述べた。じゃあそれらはどうやって作られるのか。
残念ながらこれらの多くは、芸術大学や、一般的に高学歴と言われるような大学のサークルからしか生まれない。なぜならそれだけ活発だからである。そうでないほとんどの大学等における映画サークル──これはサークルにより振れ幅は違うだろうが、その活動のほとんどはサークルというコミュニティでの人間関係の構築であり、レクリエーション的側面としての映画制作があればまだいい方である。筆者が映画サークルに入部した時は、映画を作っている人はほとんどいなかったし、そもそも映画が好きな人ですらほとんどいなかった。
映画サークルというのはテニスサークルと本質的に一緒で、映画はあくまでテーマであり、そこに人が集まるというコミュニティ的な側面が本質である。
だからそこで生まれる作品は、先に申した通り、初めて見た人にとっては衝撃的なクオリティの低さかもしれない。酷い棒演技、拙い編集、退屈な物語、何よりも聞こえないセリフ。初めてサークルに入った1年生は、そのサークルの本質と学生映画のクオリティを目の当たりにして失望するかもしれない。
でも文句を言っても始まらない。より高いレベルを求めるなら、映画学校の門を叩けばいい。高学歴サークルには大体他校の連中も出入りしているので、そこに混じればいい。
でも、この映画サークルという環境にも、できればチャレンジしてみてほしい。中には自分にとても合わない場所もあるかもしれない。それなら我慢しないですぐに逃げた方がいい。
でもそうでないなら、ぜひそこで人間関係を学んでほしい。映画制作は一人ではできないし、コミュニケーションと段取りがとても大切なのだ。それは映画を作ることのみならず、すべての人間関係の原点でもある。
もっと言うと学生映画や独立映画は、実は出来上がればまだいい方で、撮影したはいいものの完成しない作品もある。撮影途中に色恋沙汰や喧嘩などでモメて撮影が終わらない作品もある。そして最大の問題は、頭の中にある構想が具現化されないまま人生が終わることである。
今回長々と書いてて気づいた点は、学生映画の最大の問題は録音ということ。それさえクリアすれば格段にクオリティが上がる気がする。それをする為に3つのアイディアがある。
①撮影前の事前準備
バタバタで撮影に入るのではなく、事前にどこで撮影するかをスタッフ間で打ち合わせし、撮影・録音プランを練る。
室内だったらまず問題ないが、ロケの場合は周囲の環境がうるさくないかを事前に想定し、自分の目指すシーンが撮影・録音できるかを検討する。
②ピンマイクの活用
カメラにガンマイク設置、それとは別でガンマイクを持ち、一緒にピンマイクも回すなど、なるべく録音しておく。
③ガンマイクでの録音講習の実施
何となく録音するのではなく、例えばガンマイクは極力近づけたり、ガンマイクの先端を話者に向けて録音し必要に応じてマイクの先を降るなど、基本的な録音の仕方を皆で講習する。
専属で一人録音に特化した人がいればありがたいが、その人がいない時でも回せるように、なるべく皆で最低限のやり方を知っておく。
私も素人なのでこれくらいしか思いつかないが、プロのスタッフを雇う余裕がないのであれば、こういった工夫でもう少し録音精度は上がるのではないかと思う。
ところでこれは学生映画や独立映画に関わる皆に言えることであるが、出来上がった作品は手元に置いておいた方がいい。特に学生映画は完成データがディスク数枚しかないとか、データをサークルのPCに入れっぱなしとかで、卒業後などに見る手段がなくなってしまったりする。そもそもデータのありかも不明なことがほとんだ。
しかし実はほとんどの学生映画や独立映画は、制作後5年以上経ってから本当の輝きを放ちだす。今は離れてしまったあの頃の友達や風景、何より自分自身に出会うことができる。世界は常に変わり続けていき、悲しいことにいつまでも今のままでいられるわけではない。あの頃はバカみたいな話を延々としていた友人も、別々の環境で暮らすことでどうしても話が噛み合ってこなくなる。私が学生時代を過ごした街並みは、大規模な再開発で跡形もなく変わってしまった。何より自分自身が、いつの間にかつまらない、カッコ悪い大人そのものになってしまっている。
しかし映画の中の時間と世界は、あの頃のまま止まっている。大抵は作り手の生活圏内が舞台となり、その時の友人らが出演し、その時の流行りや好きなものが詰まっている。あの時は気付きようもなかったことに、その時気づくのだ。あの時代は青春そのものだったと。そこには自分の青春そのものが真空パックされているのだ。実は学生映画とは、フィクションの体をしたドキュメンタリーなのである。一見見辛いこれらの映画は、実はこれ以上ない青春映画なのである。



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